孤剣は折れず
著者:新夜シキ


「お主が勇者オルテガか?」

「そうだ。そう言うお前は、音に聞こえしバラモス参謀の一人、ミノタウロスだな?」

「ほう。矮小たる人間風情が、我の名を知っているのか」

「敵の情報も掴まずに本拠に乗り込もうするほど馬鹿ではないつもりだが。それに、お前の名前は結構有名だ」

「これは失礼した。非礼を詫びよう。ときにオルテガ。お主、人間の中では『英雄』として大層名を馳せているそうではないか。その実力を見込んで提案なのだが、我がバラモス様の軍門に下る気はないか?お主ならば新たな参謀の地位を約束しようぞ」

「へえ、敵であるこの俺をスカウトしようと言うのか。バラモスの軍も人材不足には辟易している訳だな。片腹痛い」

「我が主、バラモス様の理想とする薄汚い人間共の駆逐と、その先に在る新世界の創造を、その目で見たくはないか?」

「残念だが、お断りだ。俺には俺の理想があるのでね」

「ほう、折角だ。ここで会ったのも何かの縁。一つお主の理想を聞かせてはくれまいか?」

「魔王バラモスの素っ首叩き落として、世界を平和へ導く。その後は故郷の妻と子供とで子煩悩に暮らすのさ。どうだ、なかなかいい理想だろ?」

「ふ……交渉決裂か。よかろう。ここまで辿り着いたお主に敬意を評し、永遠の安息を与えてやろうぞ。己が理想と共に、このガイア火山にて朽ち果てるがよい!!」

「ッ!!」









「う………ぐっ…………」

 迂闊だった。完全にケアレスミスだ。片翼を切り飛ばしたまではよかったが、まさかヤツのハルベルトを背中に受けてしまうなんて……。
 ガイア火山内部に落下した俺は、空中で何とか身を捩ってマグマ溜まりに落ちるのだけは防いだが、熱せられた岩場の縁に激突し、全身に大火傷を負ってしまった。ガイア火山は死火山だと言われていたが、内部の奥深くには未だ燃え盛る溶岩が健在だ。もし溶岩に落ちていたら、さすがの俺でも助からなかったはずだ。
 気を失わなかったのが不幸中の幸いだな。もし気を失っていたらもう二度と起き上がれなかった事だろう。

「ベ……ホイ…ミ……」

 最後の魔法力を振り絞り、自らに回復呪文を掛ける。
 背中の出血は止まり、全身の火傷による激しい疼痛は何とか軽減出来たものの、蓄積されたダメージと疲労までは完全に取り去る事は出来なかった。だが何とか歩けるほどには回復したか。

 天井を見上げる。火山内部はドーム状に抉られており、内部から壁を這い登る事はほぼ不可能だろう。かと言っていつまでもここにいる訳にもいかない。片翼となったミノタウロスは追って来れないだろうが、いつ代わりの追手が来るとも限らない。何とか外に出る方法を考えないと…。
 周りを見渡すと、人ひとりがどうにか通れそうな亀裂を発見した。他に道はない。この亀裂が地上まで伸びている事を願うしかない。こんな所でまごまごしている訳にはいかないのだから。
 俺は意を決して、その亀裂に身を滑り込ませた。



 …一片の光もない、真っ暗な道を歩く。時間の感覚はもう既に曖昧だが、恐らく一昼夜ほどは歩き通しただろうか。さすがに疲労はピークに達している。だが立ち止まる訳にはいかなかった。立ち止まれなかった。立ち止まってしまえばその場から一歩も動けなくなってしまうのではないかと言う強迫感に背中を押されている。

「マリア……アレル……」

 最早何度目か数える事さえ忘れてしまった呟きを、再び口にする。二人の名を呼ぶ事だけが、俺の心の支えだった。
 あの幸せだった日々。あの日々が再び訪れるのなら、俺は何を捨てても構わない。その一心で、今まで進んできた。そう、例えこの命が燃え尽きようとも。そこに俺の姿が無くとも、マリアとアレルの幸せそうな笑顔があるのなら。

「アレル……大きくなっただろうなぁ……」

 今はもう5歳くらいか。俺の顔なんて覚えていないだろう。俺が旅立った時は僅か三ヶ月だったもんな。ふふ…。バラモスを倒して家に帰った時、『知らないおじちゃんが来た!』って言われたらどうしようか。俺、ショックで寝込んじまうかもな…。

 そんな他愛もない事を考えていた、その時。顔を上げると、微かな光が差し込んでいる事に気が付いた。

「明かり……?」

 どうやら地上が近いらしい。まだ遠いその光は、俺の心を躍らせるのに充分な材料だった。俺は思わず疲れも忘れ、足早に光を目指す。



 が。それが命取りだった。足元にぽっかりと開いた奈落への片道切符を、俺は完全に見落としていた。



「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!」

 時既に遅し。俺の体は闇の深淵へとまっさかさまに落下して行ったのだった―――――












………



……………



「………パ…………パパ………!」

 ……誰だ、俺を呼んでいるのか……?人が折角心地よい眠りについていると言うのに。

「…………なた……………あなた…………!」

 ……だから、誰なんだ?俺は疲れているんだ。もう少し寝かせてくれ。



「今日は随分うなされてやがるな…。おい、オッサン。大丈夫かよ?」

 失礼な。俺はまだオッサンと呼ばれるような歳ではないぞ。これでもまだ………ん?

 見知らぬ天井。見知らぬ部屋。そして、傍らには見知らぬ若者。意識が覚醒して、初めて目にしたものがそれだった。俺はその見知らぬ部屋の一角にあるベッドに寝かされていて、半身を起こした俺の顔を20代後半ほどの若者が覗き込んでいる。

「ここは……どこだ?」

「ラダトーム城の救護室だよ。気分はどうだい、オッサン」

 だからオッサンオッサンと何度言えば気が済むんだ……って、ちょっと待て?



 ……思い出せない。どう言う事だ?何も思い出せないぞ!



「俺は……誰だ?」

「はあ?寝ぼけてんのか、オッサン?まあ、5年も眠ってりゃ寝ぼけもするか」

 ……この口の悪い若造はさて置き。
 正直な所、本当に何も思い出せない。俺が何故ここにいるのか、俺は何をしようとしていたのか、俺が………誰なのかさえ。

「もしかして……本当に何も思い出せねーのか?記憶喪失ってヤツ?」

「……認めたくはないが……状況から察するにどうやらそう言う事らしい…」

 何かを思い出そうとしても、頭の中に濃密な霧が掛かっているようで何も分からない。何となく、ボヤーっと人影のようなものが二つ見えるのだが、それが何なのかまではさっぱりだ。

「すまないが、少し状況を説明してくれないか」

「いいぜ。まずオレはロッシュ。ここラダトームから少し西に行った所にあるギアガ港で船番をしているもんだ。宜しくな、オッサン」

「……オッサンはよせ」

「だって名前、思い出せね―んだろ?じゃ取り敢えずオッサンって呼ぶしかねーじゃん」

 ……何だ?今唐突に……何かが頭に…。

「…………オル…テ…ガ……?そうだ!俺の名前はオルテガだ!」

「おお、思い出したのか!?で、他の事は!?」

「………ダメだ。他の事はさっぱり……」

 くっ、そう上手くは行かないか。だが、名前を思い出せたのは良かったな。この調子で他の事も思い出せればいいが。
 ……どうも、大切な事を忘れているような…。忘れてはいけない事まで忘れてしまっているような、とても落ち着かない気分ではあるのだが、思い出せないものは仕方が無いのでその気分は無視する事にした。

「まあ焦ったって仕方ない。取り敢えず続けるぜ。あんたがこの世界に落ちてきたのはかれこれ5年ほど前の話だ。発見したのはオレ。仕事していたオレの目の前に、あんたが現れたって訳だ」

 ……せっかく名前が分かったのに、『あんた』と呼ばれるのは若干納得がいかなかったが、何の情報もない俺にとって、ロッシュの話は聞いておかなければならない。幾つか疑問もあるが、質問を投げかけるのは一通り聞いてからにしよう。

「まあ上の世界から世を儚んでギアガにヒモ無しバンジーを敢行してくる輩は別段珍しいってほどでもねーんだが、あんたの場合は全身に大火傷を負っていて、オマケに背中には大きな傷があった。落下の衝撃で、その傷も開いちまったしな。自殺するようには見えねーから、このラダトームに運び込んだと。で、あんたはそのまま5年間も昏睡状態だったって訳だ。正直もう起きないかと思ってたんだがな」

「そうか、5年間も……。苦労を掛けたな。ありがとう」

「よ、よせよ…。照れるじゃねーか。俺は時々様子を見に来てただけだぜ」

 ……なかなかいいヤツかも知れないな。取り敢えず、信用には足る人物のようだ。

「で、質問があるんだが、構わないか?」

「…ああ、いいぜ。答えられる範囲でなら何でも答えてやるよ」

「さっきから『落ちてくる』と言う表現がやたらと多いが、それはどう言う事だ?」

「言葉通りの意味さ。あんたはこの世界に『落ちてきた』んだ」

 …意味が分からん。

「すまんが、もう少し要約してくれ」

「ああ、上の世界の連中はこっちの世界の事知らねーんだもんな。こっちでは上の世界の事は割と常識の範囲内なんだが。この世界は『アレフガルド』って名前で呼ばれている。で、あんたが元いた世界は『アレルガルド』って呼ばれている世界。因みにアレルガルドは『希望の世界』、アレフガルドは『光の世界』って意味だ」

「『アレフガルド』と『アレルガルド』……。アレルガルド?……希望の世界?……アレル………?」

 くっ、何か思い出せそうなんだが……。どうしても最後の一線を越えない。どうしても思い出せない。頭が割れそうに痛い。

「おいおい、大丈夫かよ…」

「いいから…続けてくれ」

「ホントに大丈夫か?まあ続けろって言うなら続けるが。それでだな、アレルガルドには『ギアガの大穴』ってのがあるらしくてな。その穴に飛び込むとこのアレフガルドに落ちてくる訳だ。あんたが落ちて来た港は、ちょうどギアガの大穴の真下だから『ギアガ港』って名付けられたらしーぜ。それは別に関係ねーか」

「それで……アレルガルドに戻るにはどうすればいい?」

「それは…」

 ロッシュは言い淀んでいる。その表情で、何となく察してしまった。

「アレフガルドからアレルガルドに行く方法は…今の所見つかっていないらしい」

「……そうか」

 いずれにしろ、記憶が戻らないのでは元の世界に戻っても仕方がない。話によると5年間も眠っていたらしいので、体の調子はいい。全身の関節はかなり錆付いているが、背中の傷だの全身の火傷だのは癒えているようだ。暫くはこちらの世界に付き合ってみるのもまた一興かも知れない。

「ところで、今は夜なのか?随分と外は暗いが」

 俺は窓の外を見つめながらロッシュに問う。夜にしては随分と人々が活発に動き回っているようだ。

「いや、時間的に言えば今は真っ昼間だぜ」

「…おかしな事を言うな。昼間がこんなに暗い訳ないだろう。それとも、この世界では昼間が暗くて夜が明るいのか?」

「いーや。システム的には上の世界と同じだ。昼間明るく、夜暗い」

 ……これまた意味が分からん。こいつ、俺をからかっているのだろうか?と思いきや、今までに無いほど真面目な表情で、ロッシュは言う。





「……アレフガルドには、朝が来ないのさ。奪われちまったんだ。『光の世界』が皮肉なもんだな」





 ……俺が再び旅立つ決意をするのに時間は必要なかった。俺の中に眠る勇者の血が、この世界に蔓延る悪を倒せと疼く。人々の笑顔を取り戻したい。ただそれだけ。だが俺にはそれだけで充分だ。



 これから待ち受ける残酷な運命に立ち向かう為に、俺は新たな一歩を踏み出した―――――



――――あとがき

 ……果たしてこんなもん載せて大丈夫なんだろうか? と言う気がヒシヒシと…。先にこれを載せてしまうと後で困りそうですが。私じゃなくてルーラー様が(笑)。
 とは言え、これで私の担当する部分は終わりですね。今後の展開はルーラー様の手腕に期待するとしましょう。
 今まで読んで下さった方々に感謝をしつつ、私は筆を置きたいと思います。長々とこのような駄文にお付き合い頂きありがとうございました。



――――管理人からのコメント

 これにて『プロローグ〜6 years after〜 』は終了ですね。正直、ちょっと残念でもあります。
 ともあれ、ここからは僕の腕の見せ所となりそうです。……まあ、どこまで面白いものを書けるかは神のみぞ知る、という感じですが。

 それでも、頑張りたいものです。なるべく早く更新していきたいものです。

 さて、今回のサブタイトルは『小説スパイラル〜推理の絆〜 ソードマスターの犯罪』(スクウェア・エニックス刊)の第三章からです。『孤独なる剣は、しかし、折れない』という意味です。オルテガの性格が曲がっているという意味では断じてありません。

 最後に、僕の書くドラゴンクエストVの二次創作小説、『アレルガルド編』。楽しく読んで頂けると幸いです。まあ、立てたプロットを見た限りでは、かなりシリアスなものになりそうだったりするのですが……。
 それでは。



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